休日であるが雑用のため、クリニックへ。
今日の紙屋町は、恐らく自粛明けからの休日の中で一番の人の出で大変賑わっているようである。
少なからずの不安はあるものの、なんとも見てて嬉しい。
さて、話はまったく違うが今日は少しだけこだわりの話を。
 
歯科診療では、歯の被せや義歯を作るために型取り(印象といいます。以下、印象)は、いわばルーティンな作業で、これがない日はないと言っても過言ではない。
 
印象材(型取り材)にも幾つかの種類があるが、一般的にはアルジネートを用いた方法とシリコンを用いたものに分けられる。両者の大きな違いは、硬化後の寸法精度(歪みの量)が異なることである(シリコン印象材>アルジネート印象材)。
とりわけ、アルジネート印象はその経済性、取り扱いの容易さから、一般診療における印象材としては代表的な材料で第一選択で利用されている。
 

アルギン酸ナトリウムを主成分とし、安価で操作も簡便なことから、現在もっともよく使用されている印象材。粉末状のものとペースト状のものがあり、粉末状のものには水を、ペースト状のものには石膏を加えて練和し、印象採得に使用する。いずれも練和直後はクリーム状であり、数分後にゲル化する。クリーム状であることから凹凸を精密に再現することができ、すぐれた印象を採得することができる。しかし、口腔内からの撤去後、空気中に放置すると乾燥・脱水による収縮のため変形し、水中に放置すると膨張のため変形することから、速やかに石膏を注入しなければ精度が低下する。

Quint Denal Gate キーワード 「アルジネート印象材」より

このアルジネート印象では、粉と水を混ぜ練和した後に使用する。

現在、歯科診療室の多くでは、このアルジネート印象材の連和には、オート化、標準化、はたまた脱手作業というか”機械”による自動連和が主流になっている。 私たちのクリニック、というより私の臨床(30数年)では,頑なに”手”、人の手による練和を行っている(義務づけている)。

慣れない人がこの印象材を手で練和をすると、混和が不十分であったり、練ったものに気泡が入ったりする。
また、これらに気をとられ、のんびり作業をしていると印象材はたちまち固まる。
「固まった」 もちろん、やり直し…。

これから夏場を迎えるが暑い季節と冬のような季節とでは、硬化までの時間がまるで違う。
このため、迅速さを変えたり、混ぜる水の温度を変えたりといったことが必要になってくる。
新人のスタッフが戸惑うのはまずこの作業で、とことん練習してもらうことにしている。

熟練したスタッフでは、迅速かつ変幻自在に練り具合を変え練ることができる。

機械で練れば、それはもう気泡など入らず綺麗に練り上げてくれる。 それはよく知っている。だけど、しません。

なんで、手練りにこだわるかはスタッフにもあまり説明したことがないが、
理由は下記のとおり。

印象材の硬度(混水比:水を混ぜる量を僅かに変えるを変化させる)を印象採得の診療シーンで変えるため。
連合印象といった別の寒天印象材による材料を併用して使う場合と義歯を製作するための概形印象とでは、印象材の硬さを変えて使用するするから。 これらは、結局は患者さんの印象時の負担軽減につながる場合がある。
また、少量だけ必要な場合など、材料の無駄遣いを減らすためである。

 

アルジネート印象材の練り方(加筆 2/7/18)

市販のアルジネート印象材を使用する場合、基本的にはメーカーの指示する混液比に従って粉と水を用意する。
粉は付属の計量スプーン、水は計量カップに各々とる。
この際に注意する点は、粉は付属の計量スプーンにぎっちり詰め込むのではなく、いわゆる”フワッ”とした感じで粉を採る。
なお、水の量はメーカー指示に従うのが基本だが、柔らかく練りたい場合にはやや水を多く、硬めに仕上げたい場合はやや少なくする。
この辺りは、季節(室温、水温)にも影響されるので、適宜、自分なりの経験則を得ておくことが必要。なお、夏場には気温、水温ともにあがるためアルジネートの硬化スピードはあがる。練和経験に慣れていない場合には、事前に水を冷やしておき、これを使うと良い。

①練和開始
いよいよ、混和開始。ラバーボールに粉を入れて、水を入れて混ぜていくが、いっぺんに全ての水を入れてしまうのではなく、計量カップ中の半分程度をまず使用する。
この状態で、スパチュラを使って粉と水をなじませていく。粉に水分が概ね吸い取られて、馴染む頃(アルジネートの粉が残っている状態)に、残しておいた全ての水をいれる(この際に馴染み具合から、水の量を増やしたり減らしたりする)。
いっぺんに水を入れて練り始めない理由は、少し水が足りないと感じた際に、練り上げていく途中で水を加えようとしてもうまく混ざらないためである。

②印象材の練り込み
ここから、練り込んでいくのであるが、一にも二にも気泡を入れないこと。
気泡を入れないように練ることは、アルジネートの練りムラを無くすことにもつながる。

コツは下記のとおり。
スパチュラのいわゆる刃部(練る部分の刃)をラバーボールの内面にピッタリと合わせてまま、浮き上がらせずに練り込むことである。
練る際に、スパチュラの刃をラバーボールにあててやや浅く角度をつける。この隙間に練り込むアルジネートを入れ込む感じで気泡を抜いていく。操作になれていくと、気泡がプチプチはじける感じがかすかに手に伝わる。
ラボーボールを片手にもちながら、手掌で回転させながら練っていくのが基本だが、熟練した人はラバーボールの回転は最小限にスパチュラの傾き加減を左右に振り分けながら練ることができる。

③トレーの盛り付け
練り終えたら、すばやく一気に印象材をすくいあげて、印象用トレーに盛り付ける。

わずかであるが混ぜる水の量(混水比)を変えると、印象材の寸法精度が悪くなるのではと考えられる人がいるかもしれない。 この点は、下記の実験で検証されていて適切なアルジネート印象材の商品であれば、寸法精度にはあまり影響はないといわれている(念のため)。

文献:平口博子ほか:高齢者へ の訪問−歯科診療における印象の消毒処理方法に関する研究一アル ジネート印象材の混水比が模型の寸法精度および変形に及ぼす影響一:歯科材料・器械 21(6):13−322, 2002.

頑固な手練にこだわる理由、これはきっと科学的根拠なんてものはないが、 人の手で練ったものをきちんと患者さんの口の中に納めたい。 これが一番大きい。

コンビニの機械が作ったおにぎりより、 人の手できちんと握ったおにぎりの方が断然美味しいと思うガンコな歯医者のこだわりである。