今日は歯科衛生士(以下、衛生士)の必携器具ともいえるスケーラーについて、その概説と起源について記してみます。

歯周病とスケーラーについて

歯周病は、細菌の感染によって引き起こされる炎症性疾患で、歯の周りの歯ぐき(歯肉)や、歯を支える骨などが溶けてしまう病気です。

この発症原因となる細菌(歯周病原因菌)は、不十分なブラッシングによって歯の周り付着する歯垢(=プラーク、バイオフィルム)の中に存在しています。
この歯垢は時間が経つにつれ、唾液中のカルシウムやリン酸によって石灰化を起こし、石のように硬く、歯の表面に固着し、歯磨きでは容易に取り除くことが出来ない歯石になります。歯石自体には、病原性はないといわれるものの、その表面が粗造なために新たな歯垢の付着を促しやすく、除去することが望ましいとされます(詳細は下記の記事に出ています)。

こうした歯垢や歯石を、歯科医師・歯科衛生士等の専門家により除去することをスケーリングと呼び、使用する器具(機材)をスケーラーと呼びます。

スケーリング

スケーラーの種類

スケーラーは大きく、1)手用スケーラー、2)機械式スケーラー(超音波スケーラー、エアースケーラー)に分けられます。
各々の器具(装置)には利点・欠点があり、治療ケース・手順や使用する部位・方法により使い分けているのが一般的です。
下記に各々の特徴を示しました。

手用スケーラー

手指を使い歯の表面の歯垢、歯石などの汚染物質を除去していく極めてベーシックな器具です。機械式のスケーラーと異なり、小回りがきき、繊細な操作が可能で、汚れをとるだけではなく、歯の根の表面を滑沢に仕上げたりするときに使用されます。

刃部形状の違いにより、下記のタイプのものがある。

  • 鎌型(シックルタイプ)スケーラー
  • 鋭匙型(キュレットタイプ)スケーラー
  • 鍬型(ホータイプ)スケーラー
  • やすり型(ファイルタイプ)スケーラー
  • のみ型(チゼルタイプ)スケーラー

キュレットタイプのものが一般的に多く利用されている。

ハンドスケーラー
手用スケーラー(キュレットタイプ)

超音波スケーラー

超音波スケーラーの原理は、超音波発生装置による電気振動を機械振動に変換し、この高振動エネルギーをチップ(歯に接触する部分)に伝達し、注水下、その微細振動でで歯石を破砕・剥離するものです。
短時間で多量の歯石が容易に除去することができるメリットがありますが、歯のセメント質にダメージを与える可能性や歯面での振動刺激が不快感を与えるデメリットもあります。

超音波スケーラー
超音波スケーラー

エアースケーラー

エアースケーラーの原理は、通常の歯の切削機器であるエアータービンと同じ圧縮空気を利用し、チップ先端に微振動を発生させて歯石を除去するものです。超音波スケーラーに比べると、歯石除去効果は低いですが、歯面の損傷が小さく、深いな感覚を与えることも少ない特徴を持ちます。

エアースケーラー
エアースケーラー

歯周病はいつから認識されていたのか?

●紀元前における歯周病と考えられる症状の記述

紀元前5000年頃、人々は歯周病に悩まされていたという記述が残されています。
アシュルバニパル王立図書館には、歯周病の兆候や初期文明で使用されていた治療法を示す情報が記載された数千枚の粘土板が所蔵されています。
その中には、「歯が緩んで痒くなったら、ミルラ、アサフェティダ、オポパナックスと松脂を混ぜたものを、血が出るまで歯に塗り、回復させる」とされています。

アッシュルバニパルの図書館(アッシュルバニパルのとしょかん、Library of Ashurbanipal, Royal Library Ashurbanipal)は、メソポタミア北部のニネヴェのクユンジク(Kuyunjik)の丘に紀元前7世紀に設立された図書館で、王室の記録、年代記、神話、宗教文書、契約書、王室による許可書、法令、手紙、行政文書などが発見されている。遺物の文書記録(粘土板)の殆ど(30,943 点)は、大英博物館(ロンドン)に保管されている。

*Wikipedia『アッシュルバニパルの図書館』より引用

●ヒポクラテスが記した歯周病の病因と全身疾患との関連性

ヒポクラテス
ヒポクラテス(Wikipediaより引用)

『ヒポクラテス全集』の中で示された歯周病

ヒポクラテス(紀元前460〜377年)は紀元前5世紀にエーゲ海のコス島に生まれたギリシャの医師で、ギリシャ医学を迷信や魔術、宗教から切り離したことから、”近代医学の太祖”、”医学の父”と言われています(画像)。
その功績は、彼(弟子たちにより編集)が残した当時の最高峰といわれる医学書集『ヒポクラテス全集』、そして、その中で記述された医師の職業倫理についての宣誓文「ヒポクラテスの誓い」であり、西洋医学教育の場において今でも語り継がれています。
ヒポクラテスは、身体の健康とは4つの体液(血液、痰、黄胆汁、黒胆汁)のバランスであると定義し、これらの体液が不均衡な状態になると、病気になると述べています。
『ヒポクラテス全集』の中には、歯の形成、萌出、歯や口腔の病気とその治療法に関する記述が32段落にわたり記述されています。この中で、歯ぐきの炎症は歯石(pituita)の蓄積によって引き起こされると考え、脾臓の病気が続くと歯肉出血が起こるとしています。脾臓の病気では、「腹は膨れ、脾臓は肥大して硬くなり、患者は急性の痛みに悩まされる。歯ぐきは歯から離れ、悪臭を放つ」としています。これらの記述は、歯周病の病因に歯石が関連し、歯と全身の健康とが密接に結びついていることを示しています。

ペルシャ医学のはじまりとスケーラーの起源について

ガレノス画像
クラディウス・ガレノス(Wikipediaより引用)

古代ローマの医学はペルシャへ渡りアラビア医学へ

西洋医学に大きな影響を与えた人物は、先に記したヒポクラテスとクラディウス・ガレノス(画像)であるとされます。

2世紀頃の古代ローマでガレノスは、ヒポクラテスの教えを発展させて膨大な理論を築き、薬草治療、手術などの治療法をまとめ上げ、中世における「医師の君主」ともいわれました。この学説は、キリスト教の教義と結びつき神聖不可侵の理論となりました。しかしながら、この神聖化は、中世(4〜15世紀)における”西洋医学の暗黒時代”と呼ばれる1000年にも及ぶ医学発展の停滞期を招くことになりました(キリスト教下では、人の体は神から授かった神聖なもので解剖は禁止、病気は神罰であり祈りが治療という考えから)。

5世紀頃、異端キリスト教徒とされた哲学者、医者たちの一部はローマ帝国とは敵対するペルシャ帝国(イラン半島)へと亡命しました。当時、帝国を築いていたサーサーン王朝はこれを受け入れて学院を創設、ガレノスの医学理論を含む科学的な書物をペルシャ語に翻訳します。さらに、近隣のインド、中国からも医者たちを招き、インド医学や中国医学も取り込みながら、宗教の影響を受けない自由な医学を創造しはじめました。
これが、『アラビア医学』の始まりです。

アラビア医学の中で生まれたスケーラーの原型

アブルカシス肖像画
アルブカシス(Wikipediaより引用)

中世期のアラビア医学において、様々な外科器具を開発したアルブカシスがスケーラーの原型を造った

アルブカシス(Abu al-Qasim、936-1013)は、スペイン系アラビア人の医師で、その生涯を医学の臨床と教育に捧げたとされます。彼の30巻に及ぶ百科事典『キタブ・アル・タスリフ』(解剖の書)は、解剖学、病気の分類、栄養と外科、整形外科、 眼科 、薬理学、 栄養 、歯科などが体系的にまとめられ、詳細に記述されている医学書です。さらに、アルブカシスの有名な功績としてあげられるのが様々な外科用器具の開発です。現在でも、考案されたメスや縫合針は使われています。この外科器具の中には歯科領域で使用される器具も含まれ、抜歯のエレベーターやスケーラーの原型とも呼べるもの(下記の画像)も造られました。
彼は、歯石沈着の主要な病因を明確に示し、次のように述べたとされます。「歯の表面、内側と外側、そして歯ぐきの下に、黒や緑、黄色がかった醜い鱗状のものが沈着していることがあり、こうして歯ぐきが腐敗し、歯は時間の経過とともに破壊される」。
このように、現在行われている歯周病の基本的な治療の原型は、1000年程前より始まっていました。

アルブカシスのスケーラー
アルブカシスがキタブ・アル・タスリフ(解剖の書)の中で示したスケーラーの図

*上記画像は、『Ring, M.E. : Dentistry, an Illustrated History. Abradale Press, New York, 145., 1985.』より引用

アラビア医学の概説やアルブカシスの歯科に関する偉業が下記のブログによくまとめられています。
ご興味のある方はご一読をお勧めします。

参考文献

  • Zlata Brkić, Verica Pavlić : Periodontology – the historical outline from ancient times until the 20th century., Military-medical and pharmaceutical review 74(00):169-169, 2016.
  • Ring, M.E. : Dentistry, an Illustrated History. Abradale Press, New York, 145., 1985.

投稿者プロフィール

西中寿夫
西中寿夫にしなか歯科クリニック 院長
広島市中区紙屋町で開業して12年になりました。微力ながら精一杯、地域歯科医療に貢献したいと存じます。

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