昨日の記事につづいて、今日は転んだり、スポーツをしていて顔を殴打してしまった等,不慮の事故により歯が完全に抜けてしまった場合(完全脱臼)の処置前にしていただきたい事のお話し。
これより、今日の本題、歯が完全に抜けてしまった場合について。 このような不慮の事故により、歯が抜けてしまった場合には、再植術により歯を元の位置に戻せる可能性がある。 再植術の成否(再植後の生存)をきめるのは、歯根表面に残存する歯根膜。 上図のとおり、歯根膜は歯の根、すなわち歯根表面にあるセメント質と歯を支える歯槽骨との間に存在し、歯と骨とを強固に結びつける非常に薄い膜様の靱帯である。歯に加わる圧力を緩和する機能を持つほか、歯の感覚(触る、圧力、痛み)に関連する受容器が存在すると考えられている(エビデンス未)。
👉 ”歯根膜”とは?に関する詳細説明記事:『歯医者で良く聞く「歯周組織」って何ですか? 』
脱落した歯では、この歯根膜の歯根への付着の程度が問題になってくる。 外傷によりお口の外に出た歯の歯根膜の生存は、外に置かれた時間とその保存状態により影響を受ける。 歯根膜は非常に乾燥に弱く、乾燥状態に2時間以上おかれると大半の歯根膜は死滅してしまうと考えられている。 したがって、対処可能な歯科医院へかかるまでの間に抜けた歯を乾燥させずに保存しておくが大切である。下記に研究データとともに、説明をつけくわえる。
代表的な対処例を下記にあげる。
1)牛乳 入手しやすい滅菌製品であり、生体の浸透圧に近い。歯根膜の保存を5時間程度できるといわれる。
2)市販の保存液 脱落した歯の保存のために開発された市販の薬剤:ティースキーパー【ネオ】、ネオ製薬株式会社 歯根膜の生活力を24時間ほど保てるといわれる。
*画像はネオ製薬株式会社HPより引用
3)口の中(前庭と呼ばれる歯列と唇・頬との隙間) 歯根膜の生存を唾液の作用により数時間程度保てるといわれる。誤って飲み込まないためにも、表記のとおり、お口の前庭部に歯を置いておく。
上記の方法で、できるだけ早く歯医者さんを訪れて下さい。
歯根膜細胞は乾燥に非常に弱いことを示すデータ
脱落した歯を再植する際、その成否を分けるのは歯根膜の生存状態である。下表(表1,表2)に、各々乾燥状態と湿潤状態における歯根膜(猿由来)の生存率との関係を示す。
●乾燥状態での歯根膜(猿由来)の生存率
乾燥時間 | 歯根膜の生存率(%) |
18分 | 70.5±17.3 |
30分 | 28.2±18.9 |
60分 | 21.2±13.4 |
90分 | 15.2±6l.2 |
120分 | 20.1±19.7 |
歯根膜は乾燥に弱く、口腔外で乾燥状態におかれると、18分以内では70%前後の生存率が期待できるのに対し、30分以上乾燥状態にさらされると、生存率は30%前後になってしまう。
●湿潤状態での歯根膜の生存率(猿由来)
乾燥時間 | 歯根膜の生存率(%) |
18分 | 80.0±13.0 |
30分 | 71.3±18.2 |
60分 | 71.4±14.2 |
120分 | 61.7±11.4 |
水道水 | 歯根膜の生存率(%) |
120分 | 33.2±12.2 |
一方、湿潤状態、生理食塩水では、2時間経過しても約60%の歯根膜細胞が生存んしている。しかし、水道水では、2時間で約30%の生存と多くの細胞が死んでしまう。歯根膜細胞は浸透圧の変化に敏感であり、高張液中では細胞内の水が外へ出て細胞が萎縮し、低張溶液中では逆に水が細胞内に侵入して膨潤してしまう。いずれにしても、細胞の死滅につながる。
また、PHの変化にも注意が必要で極端な酸性やアルコールで洗うことにより細胞にダメージが加わる。
●文献
1)J. O. Andreasen : Effect of extra-alveolar period and storage media upon periodontal and pulpal healing after replantation of mature permanent incisors in monkeys., Int J OralSurg (10):43-53, 1981.