今日は午後から、損害保険会社の方とあるケースについてお話しをすることになっている。
今から6年ほど前に懇意にしている先生からご紹介いただいた患者さん(当時高校生)の術後経過の報告をするためである。

経緯は以下のとおりである。
約7年前、患者さんが運転していた自転車と自動車が接触事故を起こし、顔面部を殴打、上顎の前歯3本(永久歯)が完全脱臼した。 ただちに、大学病院に搬送され頭部外傷の処置、そして完全に抜け落ちた歯の再植術を受けた。 その後、家の近くの歯科医院にて再植後経過良好ということから歯冠補綴(歯のかぶせ)を受けた。その後、経過観察のため、転院し、今回ご紹介いただいた先生のところを受診された。 患者さんに自他覚症状はなかったが、今後、この再植歯の術後経過が思わしくない場合には、抜歯になる場合もあることをご説明されたところ、もし抜歯になった場合には補綴治療としてインプラント治療を希望されたため、ご紹介により当クリニックを受診された。
当院において、X線写真等を行ったところ再植後の異常所見は認められないことから、インプラント治療の概要をご説明したのみで、今後、経過を観察していくことをお話しした。

ここで、用語の整理と説明。 外傷により、歯槽窩(歯が骨に埋まっている部分)より完全に抜けてしまうことを”歯の完全脱臼(脱落)”といい、再び元の位置に戻すことを”歯の再植”という。  
*図は、月星光博著:外傷歯の診断と治療, クインテッセンス出版, 東京, 1998. より引用。

この再植後の偶発症として、よく見られるものは”置換性吸収”とよばれる歯根の吸収である(上図)。 歯根を覆う歯根膜(歯周靱帯)が損傷または失われた場合、周囲の骨組織のリモデリング現象(破骨細胞による歯の吸収と破骨細胞による骨添加が同時に起こる)が生じ、最終的には骨組織と癒着したような状態になる。 X線所見では、歯(歯根)が吸収されて(溶けて)、あたかも歯が消えていくような像が見られる。 関連する歯根の吸収には、炎症性歯根吸収、表面性歯根吸収、侵襲性歯根吸収等がある。 この偶発症の発現時期は、歯根膜の損傷をはじめとした様々な因子が影響し、何時起こるかについては明らかにされていない。
このため経過観察の時期については、年に数回の定期観察を行いながら3〜4年は経過をみるとされている(下図、文献1))。


*上記図は、参考文献1)より

話を戻すが、 当クリニックにおいて、上述患者さんには、年1回の経過観察を行い5年が経過した1昨年、インプラントによる治療は行わず、最終的な補綴治療(かぶせをする)を行うことができるであろうとご説明した。 その時のCT像が下記(ご本人の了承を得ている)。 特に異常像はみられなかった。

その後、就職と重なり来院がとだえたが、約半年後に再植を行った1本の歯ぐきが腫れたということで急患来院された。 その時のCT像が下記(上記と同じ歯の部位で、右側の断層像(赤→が吸収像)。

再植後約6年近く経ち、歯根吸収が発現した。 再植は非常に予後が読みづらい。 歯の外傷、完全脱臼を認めた場合における注意点等はまた別の機会に説明したい。

『平静を保ちつつも先の読めない不安』 このような歯科のケースがある。

参考文献 1)高木 裕三:外傷歯の標準治療および一般的な予後経過, 補綴誌 6 : 119-124, 2014.]